『織り人(Orijin)』プロジェクトについて

 

『織り人(Orijin)』プロジェクトの背景

2015年5月、『織り人(Orijin)』の新しいプロジェクトが始まりました。

それは、あるモン族(Hmong)の家族との出逢いでした。
もともと、モン族(Hmong)の歴史が『織り人』の“原点(Origin)”であり、モン族をはじめとする山岳(少数)民族の“原点”をたどること、それが『織り人(Orijin)』の目指すものでもありました。

その家族は、わたしが本の中で出逢ったモン族の人たちと同じだったのです。
モン族である、ということだけで、ラオスの内戦に巻き込まれ、ラオス国内を転々とし、メコン川を渡り、タイへ逃れてきた人たちでした。

難民キャンプの中には、海外からのNGOなどの支援がたくさん入り、モン族の刺繍やアップリケを製品化し、タイ国内や海外で販売し始めました。
それは、外で働くことが許されない難民キャンプの人たちにとって、現金収入を得るための限られた手段のひとつとなりました。

長い、長い、先の見えない難民キャンプでの生活の中で、ありあまる時間を、刺繍やアップリケをすることで乗り切ることができたのです。
モン族の女性たちにとって、経済的にも、精神的にも、難民キャンプでの生活を支えたのは、刺繍やアップリケなどの手しごとの文化でした。

 

「モン族の人たちは、刺繍やアップリケが得意で、それは母から娘へ、代々受け継がれてきた民族文化である」といわれています。
モン族だけでなく、他の民族でも同様に、民族文化の伝承は、“母から娘へ”へ、大切に受け継がれていくものだと考えられています。
しかしながら、それはすべてに当てはまることではないのです。

難民キャンプで暮らさざるを得なくなった人たちの多くは、そこにたどり着くまでに、各地を転々とし、いつでも何かに追われるような生活をしてきた人たちです。
いつ捕まってしまうか…、いつまたここを去らなければいけないのか...という切迫した生活の中では、手しごとの文化を維持していくことはむずかしいことです。
“手しごと文化の継承”というのは、心に余裕があってこそ成り立つものなのだと思うのです。

わたしの出逢ったモンのおかあさんもそうでした。
幼い頃に両親と共に、ラオス北部の村を逃げるように出て以来、ラオス国内の山の中に隠れながら、転々と移動を繰り返していました。
そんな中で、母親から刺繍やアップリケを習うことはありませんでした。

彼女が、得意とするリバースアップリケの技術を身に付けたのは、難民キャンプの中でした。
その時になって初めて、モン族の文化を受け継ぐ時間ができたのです。
もう移動を続けなくてよいのだという安堵は、民族伝統の手しごと文化を取り戻させてくれたのです。

リバースアップリケのベットカバーのまわりもアップリケで縁取り手縫いしていきます。

 

そんな難民キャンプも、1992年に閉鎖され、アメリカなど第三国へ渡った人たち、ラオスなど母国へ戻った人たちの他は、何とかしてタイに残る方法を探すしかありませんでした。
家族や親戚、知人をたより、タイ北部の村へ身を隠していた人たちも多くいました。

移動した先での生活もまた、“不安のない生活”とはいえませでしたが、それでもまだ、難民キャンプが閉鎖された当初は、第三国へ渡った親戚、知人たちからの刺繍やアップリケの注文などがあり、当時はそれなりの収入になっていたといいます。
しかし、それも月日が経つにつれて少なくなり、今では、直接、家族や親戚がいる人たちが、毎年、新しい年のための民族衣装を用意するくらいになっていきました。

難民キャンプでは、欧米向けにリバースアップリケのベットカバーがよく作られていました。

 

『織り人(Orijin)』プロジェクトとは

現在のタイでは、刺繍やアップリケを作って売ることで得る収入よりも、より簡単に短時間で、それ以上の収入を得られる仕事がたくさんあります。
多くの山岳民族の人たちは、生活のために、そうした仕事を選び、日々忙しい毎日を送るようになりました。
移動を繰り返していた頃とは違い、平穏な毎日ではあっても、刺繍やアップリケなどをする時間はなくなり、その子どもたちへも受け継がれなくなってきています。

そんな中でも、たくさんの収入にはならなくとも、自らの民族伝統の手しごとを続け、次世代に残していきたい、と願う山岳(少数)民族出身の人たちもたくさんいます。
そうした人たちが、民族伝統の技術を”仕事”として成り立たせていくことができるのではないかという未来への”希望”を持つことができ、自分たちの独自の文化が他の人に認められることで、民族の”誇り”を持って生きていけるようになることを目指していきます。

そこでまず、主に、ラオス難民だったモン族(Hmong)の人たちの歴史と文化を保全し、多くの人に伝え、次の世代へ残していくことを目的に、下記のプロジェクトを開始しました。

オリジナル製品づくりプロジェクト
民族出身の人たち自身が、刺繍やアップリケなどの文様のデザインから縫製までを一貫しておこない、『織り人』オリジナル製品をつくり、販売していきます。

民族文化保全プロジェクト
文字の代わりとなっていた”語り(歌)”、難民キャンプ内での重要な現金収入であったラオスからタイへ、そして飛行機に乗り、第三国へ渡ったモン族の逃避行の歴史をあらわしたライフシーン刺繍、民族衣装や当時の写真などを収集し、展示会等をおこなうことで、製品の背景にあるストーリーまでを伝えていきます。