ミェン刺繍の文様の意味とモチーフ

ミエン(Mien)族

さまざまな刺繍の技術をもちいるミエン刺繍の文様とモチーフ

 ミエン族の刺繍には、いくつかの刺し方があり、主に「織り刺し」「格子刺し」「交差刺し」の3種類があります。

 「織り刺し」は、布の経糸(たていと)または緯糸(よこいと)どちらかに平行に刺していくため、織り文様のようにみえます。
 
 「格子刺し」は、経糸と緯糸の両方を平行に刺し、小さな四角形の囲みを作り、その四角を繰り返し、格子模様をつくっていきます。
 
 「交差刺し」は、いわゆる「クロスステッチ」のことで、小さな「✕」印を繰り返しながら、模様をつくっていきます。

 下の写真は、「格子刺し」刺繍によるもので、「猫」をモチーフにしたものです。
 *「ヤオ族の刺しゅう」文芸社参照:以下文様については同様)

 下の写真の茶色とオレンジの4つの刺繍も「格子刺し」刺繍で、「折れた樹」を意味しており、ミエン族の伝統的な文様で頻繁に使われ、ズボンの裾部分に必ず使われる文様です。そして、その4つの「折れた樹」の真ん中の緑色の刺繍は、「猫の爪」をあらわしています。

 上写真の「猫」と下写真の「折れた樹」の文様は、今も昔も、ミエン族の民族衣装の中に必ず使われ、ミエン族の刺繍を代表する文様です。

 下写真左(ピンク地布)の4つの文様は「大きな蜘蛛」、真ん中のオレンジの刺繍は「小さな猫」をあらわしています。

 下写真右(黒地布)の4つの先端の白い刺繍は「小さな蜘蛛」、真ん中の黄緑色の刺繍は「渦巻き」をあらわしています。

 このように、それぞれの文様を組み合わせたり、モチーフをライン状に繰り返したりすることで、一つの文様のかたまりを作っていきます。

 下写真は、『織り人(Orijin)』オリジナルのミエン刺繍のポーチの刺繍文様です。

 右(紺地)の文様は、「格子刺し」による「猫」と「折れた樹の列」を組み合わせたもので、ミエン族の刺しゅうの中で一番よくみられるものです。

 左(茶色地)の文様は、右の文様の他に、真ん中の黄色い刺繍とその両脇の水色の少し大きめの3つの文様が加えられていますが、この文様は、結婚式などの正装の際に、衣装に飾る銀の飾りもの(*1)をモチーフにしており、この文様も、「猫」と「折れた樹」と同じように、よく見られる文様です。

(*1)”銀の花”と呼ばれる。「ヤオ族の刺しゅう」参照

ミエン族の人たちがもちいる「交差刺し(クロスステッチ)」刺繍は比較的新しいもの

 「交差刺し」つまり「クロスステッチ」刺繍は、民族衣装の上着の襟部分など、非常に限られたところにだけ用いることが許されるという、とても制限の多い技法で、ミエン族の民族衣装の特徴である刺繍のズボンには、伝統的には「織り刺し」や「格子刺し」が使われ、「クロスステッチ」が用いられるようになったのは、ごく最近のことで、比較的新しいと考えられています。

 インドシナ戦争の頃、ラオスからタイへ逃れてきたミェン族の人たちは、その避難先で他の民族の人たちと出逢い、初めて見る刺繍文様がたくさんありました。

 他の民族、特に、布全体に隙間なく、ぎっしりと刺されたカラフルな「クロスステッチ」で埋め尽くすモン(Hmong)族の刺繍布は、ミエン族の人たちの目には、豪華で美しく、とても素敵なものに映りました。

 ラオスから逃れ、タイの難民キャンプで生活していたミエン族の人たちの多くは、たくさんの刺繍糸を使い、長い時間かかるモン族の「クロステッチ」刺繍を、難民キャンプでの生活の中で習得していきました。

 その頃から、ミエン族のズボンは、上下部分に「織り刺し」と「格子刺し」の文様を入れる以外は、「クロスステッチ」の刺繍で全体を埋め尽くす豪華な刺繍ズボンが主流になっていきました。これは、タイに居住するミェン族の人たちの民族衣装に顕著にあらわれており、ズボンの刺繍を見ることで、ラオス出身なのかタイ出身なのか、どの地域の出身なのかということを容易に推測することができます。

 下写真は、「クロスステッチ(交差刺し)」刺繍の文様で、それぞれの中央の白い刺繍の十字の先に矢印がついた文様は、作物や種の重さを量るために使われる「天秤ばかり」をモチーフにしたもので、そのまわりを囲っている4つの数字の3のような文様は、「虎の爪」をあらわしています。

他の刺繍技法よりも習得が容易な「クロスステッチ」刺繍

 『織り人(Orijin)』で取り扱っているミエン族の製品は、個性的で斬新な幾何学模様なども多いですが、この文様はミエン族出身の女性が新たに考え出したオリジナルの新しい文様のため「クロスステッチ(交差刺し)」刺繍を用いたものが多くなっています。

 「織り刺し」や「格子刺し」は、比較的、余白が広いので、一見簡単そうに見えますが、「クロステッチ(交差刺し)」よりも難しく、習得までに時間がかかり、代々、母から娘へ教え込んでいかなくてはならない技法です。そのため、現在では、「織り刺し」や「格子刺し」刺繍を刺せる人は村の年配のおばさまたちだけとなり、若い人たちは、刺繍はできるけれども「クロスステッチ」刺繍しかできない、という人も多くなってきています。

 全面を埋め尽くす「クロスステッチ」は、刺繍糸をたくさん使い、時間もかかりますが、その文様は刺繍糸の色合いを変えることで作り出されるため、誰でもが簡単に、きれいに作ることができる技法なのです。

変化しながらも、代々受け継がれていく伝統的なミエン族の文様

 上の写真は、ミエン族の刺繍ズボンの裾の部分で、「織り刺し」と「ステムステッチ」がほどこされています。
 真ん中の「格子刺し」の「折れた樹の列(反転)」の上下の赤、白、黒の部分が「織り刺し」文様で、それぞれの文様の段と段の間に「ステムステッチ」でラインを入れていきます。

 写真の「織り刺し」の文様は、「ヴオン グアング」(「ヤオ族の刺しゅう」参照:意味は不明)と呼ばれるズボンの裾部分にだけ刺す文様で、非常に難しく、最近では年配のおばさまたちの間でも、できる人が少なくなってきています。

 ミエン族の刺繍は、長い年月をかけて、他民族からの影響を受けながら、時代と共に変化を続けてきましたが、それでも今もまだ、多様な技法や文様を組み合わせ、民族衣装などのミエン刺繍が作り上げられています。それは、ミエン族の女性たちが、新しい変化も受け入れつつ、自分たちの民族伝統文化に誇りを持ち、刺繍の技法や文様を大切に想い、代々受け継いできたからです。

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